Hosei Erasmus Mundus Program Euro Pholosophy

Hosei Erasmus Mundus Program, Euro Pholosophy - Over the two academic years 2008-9 and 2009-10 at Hosei University, classes for the first semester of "Euro Philosophy", an EU Erasmus Mundus Master Program, have taken the form of one-month intensive lecture series. This is the first instance in Japan of administering such a large-scale intensive lecture series within the Erasmus Mundus Master Program.

Report

国際シンポジウム「受容と抵抗-西洋科学の生命観と日本」 (2014)

6月12日、法政大学市ヶ谷キャンパスのボアソナード・タワー25階イノベーション・マネジメント研究センターセミナー室にて、法政大学国際日本学研究所が主催した、国際シンポジウム「受容と抵抗-西洋科学の生命観と日本」が行われました。この催しはユーロフィロソフィ法政プログラムの枠外のものですが、司会を安孫子信先生が執り行い、発表を金森修先生、村上靖彦先生、チエリー・オケ先生が担当され、ユーロフィロソフィとも縁の深いものでした。事実、エラスムスで派遣されてきたヨーロッパ留学生たちも全員、終日参加し、質疑も活発に行っていました。当日は以下の九つの発表が行われました。

1.アラン・ロシェ(フランス、パリEHESS)「江戸の思想における生気論の二つの源泉」
2.ポール・デュムシェル先生(立命館大学)「ロボヴィー」
3.ドミニク・レステル先生(フランス、パリENS/東京大学)「私の友達 ロボット」
4.木島泰三先生(法政大学)「natural selectionの日本語訳と社会ダーウィニズムの残留」
5.金森修先生(東京大学)「現代日本社会の生政治学」
6.村上靖彦先生(大阪大学)「精神科病院における移行空間-或る日本の精神科病院を事例として」
7.米山優先生(名古屋大学)「西田における生命と技術」
8.檜垣立哉先生(大阪大学)「三木清の技術論」
9.チエリー・オケ先生(フランス、リヨン第3大学教授)「黒川紀章の共生の哲学」

以下では、講演内容を少しでもお伝えするために、僭越ながら各講演のまとめをごく簡単なかたちでさせていただきたいと思います。

ロシェ先生の講演では、その知識の豊富さとその豊富な知識量に負けない独自のバランス感覚を感じることが出来ました。生気論をめぐって西洋から中国へ、そして中国から日本へと場所を移しつつ、生気論のその妥当性の再考を江戸時代の浪人や町人たちの思想からすくいとり提示した素晴らしい講演でした。

デュムシェル先生の講演は、「ジェミノイド」と呼ばれるロボットとその「埋葬」という日本的な対応から、人類学者エドゥアルド・コーンのいう「不在の存在論」をたどり、「生きる」という言葉が指し示す状態と人間とロボットの差異・類似から、最後に「共同体」や「他者」という概念に触れていくもので、示唆に富むものでありました。

レステル先生の講演では、ロボットとわれわれの関係性として、ロボットは「反乱機械」であったり「友達機械」であったりする点が挙げられました。つまるところ人とロボットの間の関係性をどのように見るかという点が、この講演での論点でした。例えば「愛する」という動詞が多様な対象に向けて扱われるように、友情というものも人とロボットの間で成立することなのかどうか。レステル先生の講演は上述したデュムシェル先生の講演と通底しながらも独自の切れ味をもったものでした。

木島先生の講演では、ダーウィンの進化論におけるnatural selectionの日本語訳として「自然選択」と「自然淘汰」の二つが挙げられるが、ダーウィン自身の文脈により適ったものは後者であることに加え、日本においてはこの訳語が本来の語法とはかけ離れて使われていったことが指摘されました。そのような一種の誤った語法は「社会ダーウィニズム」と結びつくものであり、それは当時盛んに移入されていたネオダーウィニズムの影響によるものであることが主張されました。本講演は綿密な調査と考察に基づくものでした。

金森先生の講演は、スモンや放射能被害を事例として取り上げ、科学と政治の芳しくない「癒着」の問題を取り上げ、科学技術の従来的な「受容と抵抗」の日本的なあり方とその欠点を指摘しており、迫真の講演であったように思います。

村上先生は、「精神科病院」というヨーロッパにおける「監獄」が起源となった施設が、やはり日本でも戦前から暴力と拘束の歴史を持っていること、ただ今日、精神科看護師たちをはじめとして関係者たちが、こうした歴史との対決から病棟の空間的意味に注目し、「強制」と「享楽」の多層的空間を作り出しつつあること、を講演で示しました。

米山先生は、真理を社会的歴史的文脈から切り離そうとする西洋的姿勢に対決すべく、「行為的直観」を示して、日本的な科学観を打ち出した西田幾多郎(1870-1945)の、生命観ならびに技術観の紹介を行いました。そして、それに続いて檜垣先生は、行為的直観に基づく西田的な科学観を「形」という概念を用いて補いつつ、独自の視点から「構想力」を語った三木清(1897-1945)と、ベルクソン(1859-1941)やカント(1724-1804)、そしてハイデガー(1889-1976)とを対比させつつ、三木の「形の変容論」の独特の意義を論じました。

最後に、オケ先生の講演では、黒川紀章(1934-2007)という日本の建築家が取り上げられました。ル・コルビュジェ(1887-1965)の「機能主義」建築と黒川の「共生の哲学」が対比させられ、黒川の思想に根付く日本的な、東洋的なものが次々に指摘され、「共生」の意義が説かれていきました。しかし、そもそも黒川が意図していた単純な二項対立からの逃避というのも、彼が機能主義と共生を対立させた時点で矛盾を含んだものとなります。対立項を乗り越えるものは何か。講演の終盤ではメルロ=ポンティやドゥルーズとガタリが挙げられましたが、オケ先生は、この場合、真の対立は東洋的共生と西洋的機能主義の間にはなく、生物学と物理学の差異にあるのではないか、つまりこういって良ければ、動的科学と静的科学の間にあるのではないかと主張しました。

本シンポジウムの意義というものを考えるとき、やはりどうしても西洋と日本という二項図式に依存してしまうように思います。そうした点から考えると、やはりオケ先生の講演は大変重要な観点を含んだもののように思えます。<日本意識>とは何かと問われても、すぐに答えの出るものではありませんが、本シンポジウムはその困難の原因の一部を垣間見させるものであったと思います。

二人のシンポジウム責任者の挨拶(左:安孫子先生、右:オケ先生)
会場の様子(中央:ロシェ先生)
会場の様子(中央:デュムシェル先生)

合田正人先生の授業 (2014)

明治大学の合田正人先生による授業が行われました。今回の講義のタイトルは、「Un pragmatiste japonais, Syunsuke Tsurumi et pénombre de l'Asie」であり、主に取り上げられた人物は、鶴見俊輔(1922-)でした。鶴見は哲学者として、アメリカからプラグマティズムの思想を日本に紹介したことで知られています。今回の講義で解説された鶴見の著書は、『竹内好-ある方法の伝記-』(1995)でした。竹内好(1910-1977)は、鶴見とほぼ同世代の批評家であり、中国文学における魯迅(1881-1936)の研究者でもあります。鶴見と竹内の経歴上の共通点として、興味深いのは、二人とも、第二次世界大戦直前から国外で生活しており、他国で戦争に巻き込まれる中で、ナショナリズムといった国際問題について、深く考えるようになったことです。まず鶴見は、1938年に渡米して、ハーヴァード大学で哲学を専攻していましたが、3年後に日米開戦となり、捕虜収容所で生活した後、帰国しました。それから海軍に出願して、敗戦までインドネシアに赴任することになります。他方の竹内は、盧溝橋事件が起きた1937年に北京に留学して、魯迅の弟である作家の周作人(1885-1967)らと親交を結びますが、1943年に陸軍に召集され、中国大陸で敗戦を迎えました。このように、竹内と似た歩みを持つ鶴見は、上記の著作において、竹内が戦争といった特定の状況の外に身を置くのではなく、善悪の見通しのきかないような状況の内部に留まって文章を書いた点を評価しています。こうした竹内の執筆スタイルに影響を与え、同じように他国において国家間の問題について思索を深めた先人として、特筆すべきは魯迅です。彼は日露戦争が始まる1904年に、日本の東北大学で医学を専攻していたことで知られます。その間、ロシア軍のスパイであった中国人が日本人によって処刑され、同じ中国人がそれを見物するという光景を目にしながらも、日本で出会った恩師との想い出を綴った『藤野先生』という作品を後に書いています。魯迅のこの体験を基に、後世、日中の和平を密かに望むかのように、太宰治(1909-1948)が、『惜別』(1945)という小説を残しているのも印象深いです。筆者にとって本講義は、哲学や文学が生み出される状況について、あるいは、その状況を構成する国家間の問題について示唆的であっただけでなく、さらに、ユーロフィロソフィーの「越境」という理念につながるものが秘められていることを感じました。

合田正人先生