Hosei Erasmus Mundus Program Euro Pholosophy

Hosei Erasmus Mundus Program, Euro Pholosophy - Over the two academic years 2008-9 and 2009-10 at Hosei University, classes for the first semester of "Euro Philosophy", an EU Erasmus Mundus Master Program, have taken the form of one-month intensive lecture series. This is the first instance in Japan of administering such a large-scale intensive lecture series within the Erasmus Mundus Master Program.

Report

藤田尚志先生の授業 (2015)

九州産業大学の藤田尚志先生による三回の講義が行われました。講義のタイトルは「リクールとベルクソンの影」です。ポール・リクール(1913-2005)とアンリ・ベルクソン(1859-1941)の二人の哲学者をめぐって講義は行われました。

授業中の対話

一人の思想家には常に、その影が存在します。影は敵ではなく対面することは出来ませんが、幽霊のようについてまわります。影を変形し隠そうとしても、やはりそれとわかります。リクールにとってその影とはベルクソンだったのではないか、その仮説から藤田先生の講義は始まりました。

リクールの哲学は主に三つの時代に分けることができます。そしてその三つの時代全てで、それぞれ違う仕方でとはいえ、ベルクソンの影を認めることが出来ます。講義は、リクールとその影ベルクソンが行う、時間についての、またメタファーについての、そして記憶についての、見えない対話を取り上げながら進んでいきました。

一回目の授業ではリクール1950年代から60年代の現象学時代を、ベルクソンの『意識に直接与えられたものについての試論』とリクールの『意志的なものと非意志的なもの』を取り上げ扱いました。二回目の授業ではリクール1970年代から80年代の解釈学時代を、ベルクソンの『思想と動くもの』とリクール『生きた隠喩』を読みながら、そして三回目の授業ではリクール1990年代から2000年代の記憶・時間の概念について、ベルクソンの『物質と記憶』とリクールの『記憶・歴史・忘却』を読み解きながら、考えていきました。

藤田先生は、リズミカルに、シンプルな言葉で明快に説明して下さるので、内容のむずかしさにもかかわらず、授業をとても楽しく感じました。このようにフランス語を自在に操ることができればと、強く思わされました。そして二回目の授業で、言語について話しているときに、"Tu es mon âme"(「あなたは私の魂」)という例を何度も出しながら、「普通の言語では私たちが言いたいことの全ては説明し切れない。だからこそ私たちはメタファーを用いる」という話をされていたのが印象に残っています。

藤田先生はヨーロッパからの学生に対してだけではなく、講義に参加している日本人学生に対しても、必ず感想や意見交換を求めました。そのお陰もあり、一人一人全員が積極的に参加する授業となり、とても貴重な経験となりました。

皆での昼食

ペーテル・センディ先生の授業 (2015)

パリ西ナンテール大学、ペーテル・センディ先生による講義が6月1日~3日にかけて、3回行われました。講義のテーマは「イマージュの裏側―iconomieへの提言」です。Iconomieとは、icon(=image) と economie を合わせた造語で、現代社会におけるイメージの氾濫がここではお金になぞらえられています。講義では、ジル・ドゥルーズやウォルター・ベンヤミン、マリ=ジョゼ・モンザンのテキスト、さらに、ローベル・ブレッソンやブリアン・ドゥ・パルマの映像が多数参照されつつ、議論が進められました。

「金銭は、映画が提示し表側で築くすべてのイメージの裏面にあたるのだから、金銭についての映画はどれほどの暗黙にであっても、すでに映画中映画、ないし映画についての映画である」(*)というジル・ドゥルーズが『シネマ2』で語った一文を考えるところから授業は始まり、この一文を考え続けることで授業は展開されていきました。1枚の紙の表に映画という面があるとすれば、裏には金銭という面があります(映画にはお金がかかります)。金銭についての映画がそうであるように、それを折り曲げて映画の面が内側で金銭の面が外側になるようにするとき、「イメージの裏側を見る」ということが可能になります。

いろいろな映像を資料として見せていただきました。中でも印象に残った二場面を紹介します。一つ目は"Les Sopranos"(HBO)のワンシーンです。親子がキッチンにいて、亡き父の復讐を果たした息子(トニー)は手に紙幣を持ち冷蔵庫の前に立ち、母親は椅子に座って亡き夫の遺影を見ています。冷蔵庫の扉に磁石で貼られているたくさんのテキストとイメージの一つ"One Day At A Time"のTimeだけが見えるように、息子は紙幣を重ねて貼りつけます。その場面は"Time is money"、つまり、息子の行為は'金銭=時間(借り)'であることを示しています。また、そのときに母親がテーブルに置いてある写真立てをひっくり返すのは、「イメージの裏側を見る」ことを示唆しています。イメージの裏側にあるのは時間なのです。

二つ目は"Pickpocket"(ブレッソン)のワンシーンです。舞台は、パリ、リヨン駅の発車間際の電車の中。スリ集団が車内で乗客にばれないように、華麗なテクニックを駆使して次々に金品を盗む場面です。この場面において、財布が盗まれスリ集団の中で回されることは、お金が回っていることを示します。金銭は流通してのみ価値を持ちます。映画のイメージもまた同じです。さらに、時計がすられたことは、ここで盗まれているのが実は時間であったことを意味します。このように、金銭を扱う映画では、可視的で不透明な金銭のイメージの裏側で、時間という不可視的で透明なものこそが示されていくのです。

三日間の講義ではこうして、ドゥルーズの唱える難解な「時間イメージ」が見事に展開されていきました。

(*)『シネマ2*時間イメージ』 ジル・ドゥルーズ著 宇野邦一他訳、法政大学出版局、2006。

授業風景