Hosei Erasmus Mundus Program Euro Pholosophy

Hosei Erasmus Mundus Program, Euro Pholosophy - Over the two academic years 2008-9 and 2009-10 at Hosei University, classes for the first semester of "Euro Philosophy", an EU Erasmus Mundus Master Program, have taken the form of one-month intensive lecture series. This is the first instance in Japan of administering such a large-scale intensive lecture series within the Erasmus Mundus Master Program.

Report

アルノー・フランソワ先生の講演会 (2014)

去る4月8日(水)18時30分より東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3において、フランス・トゥールーズ第2大学のアルノー ・フランソワ先生による講演会が行われました。本講演会のタイトルは「ベルクソンとヒュームにおける感性と情緒」でした。

本発表でのフランソワ先生の目的は、ベルクソン(1859-1941)とヒューム(1711-1776)の哲学を取り上げて、道徳についての彼らの主張に共通点が認められることをまず確認した上で、最終的に二人の違いを明らかにすることにありました。

まず、ベルクソンは、晩年の主著である『道徳と宗教の二源泉』(1932)の前半において道徳について検討しています。ベルクソンは、カント(1724-1804)が行ったような、理性による道徳の基礎づけを試みませんでした。なぜなら、理性がわれわれの行為の規範や理想を示すことができる一方で、ベルクソンは根源的にわれわれの意志を道徳的行為へと促しているのは、他の何らかの力であると考えたからです。この点についてベルクソンは、「知性」との関係で、「感性」や「情緒」と呼ばれるものに注目して、これらを「知性以下の情緒」と「知性以上の情緒」という仕方で区別しました。それがベルクソンにとって重要な理由は、本著作の主要概念となる「閉じられた道徳」と「開かれた道徳」の区別へと展開していくからです。つまり、社会における「閉じられた道徳」とは、共同体を維持するために働く形式的で非人格的な力を意味しているのに対して、「開かれた道徳」は、ある特権的な人格が道徳を体現することにより、他の人々を魅了して共同体の枠を広めうる、道徳を創造する力を意味します。後者において、ある人格を模倣することは、「情緒」が転移することであり、ベルクソンはこれを「呼びかけ」と名付けます。ここで言われる情緒は「知性以上の情緒」であり、知性の原因となりうるものであって、情緒と区別された知性では規定できないものです。むしろ、この場合の情緒は、知性を孕んでいるとも言えます。他方で、単純に知性から生じるのは「知性以下の情緒」であり、ここでの知性は情緒から負っているものはありません。ベルクソンによれば、われわれの意識は、こうした因果に絶え間なく貫かれており、この意識の諸瞬間において、情緒はどちらかに属していることになります。このようにベルクソンは、哲学史における理性と情念の関係を、道徳の問題において捉え直そうと試みました。

時代を遡り、ヒュームは、道徳を語る上で情念を肯定的に扱い、理性と情念の対立と理性の優位という伝統的な見解を批判した点において、ベルクソンと類似しています。まず、ヒュームは、『人間本性論』(1739-1740)における「穏やかな情念」と「激しい情念」の区別によって、われわれの行動を左右する善悪の基準を、古代からの見解によってではなく、情念そのものの区別によって見出そうとしました。また、本書でヒュームは、理性は情念の「奴隷」であると述べていることも注目に値するでしょう。さらに彼は、『道徳原理の探求』(1751)の中でこの区別を発展させ、「道徳の利己的な体系」に対する、利他的な「共感」について言及します。ここでは、他者との共感によって、「感情」の伝達が可能となり、それが好意的感情であるならば、「善意」と呼ばれるとヒュームは考えました。以上に見る限り、ベルクソンとヒュームの道徳についての主張には、いくつかの類似点が挙げられます。

しかし、ベルクソンは上記の著作において、ヒュームの議論にも見られる「感情の道徳」を批判しています。つまりベルクソンは、理性に対立するものとして情念や感情を論じて、優越を決定するような「主知主義」の理論家たちを斥けています。なぜなら、ベルクソンに従えば、彼らはこの二項対立を自明の観念として解釈しているため、それらの因果関係を現実的に捉えていないからです。言い換えれば、彼らは実際の経験を十分に踏まえないまま、抽象的な思弁に終始していることになります。その意味において、イギリス経験論を代表する哲学者ヒュームも逆説的に批判されているわけです。この批判で「経験」として示唆されているのは時間であり、ベルクソンにおける「持続」です。ベルクソンが重視するのは、合理性を追求するあまり現実離れしてしまう議論ではなく、彼によればわれわれの意識そのものとされる持続に起こる「道徳の発生」であり、つまり、時間の経過における理性と情念のいかなる因果によって道徳が生まれ、広まっていくのかという点にあります。

以上、現代に至るまであまり注目されてこなかったテーマについて、非常にわかりやすくまとめた本講演会は、この日集まった聴衆の関心を、大いに惹きつけるものとなりました。

アルノー・フランソワ先生と司会の原和之先生
会場の様子

カミーユ・リキエ先生の授業 (2014)

パリ・カトリック学院のカミーユ・リキエ先生による6回の授業が行われました。今回の授業では、シャルル・ペギー(1873-1914)の思想が紹介されました。(ペギーに関するリキエ先生のご業績として以下が上梓されています。« Métaphysique de l'événement. Péguy et le problème de l'insertion », dans Métaphysiques des possessions, D. Debaise (éd.), Paris, Presses du Réel, 2011)

19世紀後半に、ジャンヌ・ダルク(1412-1431)の故郷として有名なフランスのオルレアンに生まれたシャルル・ペギーは、哲学者というより、詩人や社会主義者として今日よく知られています。とりわけパリでの学生時代に、ベルクソン(1859-1941)に師事したペギーは、技術や産業の進歩を謳い、外的な財をひたすら追求する近代社会に鋭い批判を加えました。ただ彼の問題意識は、単純に政治理論や社会体制に向けられたのではなく、貧困や労働に苦しむ人々の惨状を目にした上で、社会を形成する民衆の内面性に向けられました。つまり、ペギーの生涯にわたる関心事は、利益を追い求めた結果、形骸化して堕落してしまった既存の社会を変革すること以上に、個々の精神の内的生命に呼びかけることにあったのです。ここにベルクソンの決定的な影響を伺うことができます。例えば、彼の晩年の著作『われらの青春』(1910)にあるように、「すべては、神秘的なものに始まり、政治的なものに終わる」のです。そしてペギーの重要視した精神面での変革を可能にするのは、苦痛を負う一人一人を救済しうる原理であり、それは世俗化する以前のキリスト教の世界観へとつながります。ここでベルクソンとの関わりと並んで挙げなければならないのが、ペギーの思想におけるパスカル(1623-1662)の影響でしょう。というのも、ペギーの時代より二世紀以上昔のフランスに生まれたパスカルは、社会に生きる人々の悲惨を目にした結果、厳格なキリスト教徒として、人間の精神や道徳の観点から救いの道を求めたからです。じっさいペギーは、一生を通じてパスカルの遺した思想の理解に努めました。例えば、パスカルは『パンセ』(1670)において、世の中に「三つの秩序」を認め、「物質の秩序」の上に「精神の秩序」、そして最も高い領域に「愛の秩序」を見出しましたが、ペギーも同様に、どんなに物質が満たされたとしても超えることのできない精神の次元は、さらにキリストが実践したような、苦悩する他者への救いの情熱を伴う愛の次元に至らなければならず、そうでなければ、あらゆる社会的行為もむなしいものと考えたのでした。このようにして真理を追究しようとした二人の人物が、パスカルは39歳で、ペギーは41歳で、ペギーの場合は第一次大戦の戦場に斃れてですが、それぞれの短い生涯を終えたことも筆者には驚きでした。

カミーユ・リキエ先生