Hosei Erasmus Mundus Program Euro Pholosophy

Hosei Erasmus Mundus Program, Euro Pholosophy - Over the two academic years 2008-9 and 2009-10 at Hosei University, classes for the first semester of "Euro Philosophy", an EU Erasmus Mundus Master Program, have taken the form of one-month intensive lecture series. This is the first instance in Japan of administering such a large-scale intensive lecture series within the Erasmus Mundus Master Program.

report

エリー・デューリング先生の授業 (2015)

5月18日から三日間にわたり、パリ西ナンテール大学のエリー・デューリング先生の講義が行われました。講義の題は「相対性の哲学的余波―哲学者たちはアインシュタインをどう論じたか」です。デューリング先生は今回、先日講義をされたレヴィ-ルブロン先生と事前に打ち合わせをされており、ルブロン先生が相対性理論の定立までを、デューリング先生が定立後の、とくに哲学者たちの反応を論じることで、相対性理論の哲学的意義をその定立前後から、広く掘り下げるものとなりました。

デューリング先生の講義は、相対性理論が哲学に持ち込んだ問題の吟味から始まりました。相対性理論は物理学のみならず多くの学問分野に影響を及ぼしましたが、哲学も例外ではありません。とくに哲学と物理学は世界の「理」を探求するという点で繋がりを持っています。物理学の新理論が哲学に多くの問題を課すことになったのは、自然なことです。そして、その問題は次の二つに区別されました。すなわち、(a)世界についての知識を根拠付けるアプリオリな認識の構造とはそもそも何か、というような、認識論的問題と、(b)自然哲学の中核を為す、時間と空間、同一性と変化、といった基礎的概念に関わる形而上学的問題です。三回にわたる講義では、(a)(b)のそれぞれがまず論じられ、それをふまえて、これらの問題の関連が探られました。

第一回の講義では相対性理論の哲学的受容に関する問題を上記のように整理した上で、(a)認識論的問題を取り上げ、カッシーラとライヘンバッハの考えを中心に検討しました。この二人の哲学者は、物理学の概念を伝統に従ってアプリオリとする代わりに、それは基準となる理論の恣意的な性質によって生産されるものにすぎないと考えました。例えば、メートルとはメートル原器によって定義されたものであり、メートルという概念がアプリオリに存在するわけではありません。こうした考え方は一見、幾何学化された時間と空間は本来の時間・空間には作用していないという見方で、アインシュタインがもたらした衝撃を和らげようとするデフレショニスト的解釈(たとえば、アランのそれ)に同意を示すようにも見えます。ただし、ライヘンバッハの意図はそれとは異なります。彼が明かそうとしたのは、世界の内で因果がどのように成り立つか、その客観的な(認識の枠組みから独立の)構造であり、これはむしろ形而上学的性質を持っていました。

それを踏まえて、第二回の講義で探られたのは(b)形而上学的問題です。アインシュタインの理論に合わせるために、哲学者たちが自然哲学の形而上学的・宇宙論的な背景をどのように定義し直したのか、が論じられました。ベルクソンとホワイトヘッドによれば、哲学に対する相対性理論の主な貢献は、時間と空間に関する一般的な前提を批判したことではなく、新たな地平を切り開いたことにあります。ホワイトヘッドは難解な哲学者として知られています。講義の後半では、時間―空間的要素を構成する"出来事"という概念を用いた彼の見方の解説が行われました。

最後となる第三回の講義では、ここまで別々に検討してきた認識論問題と形而上学問題との関係を探るため、相対性理論を"トイモデル"(理論の本質的な部分だけを抽象する理論)のレベルで問い直すことが行われました。このとき相対性理論を特徴づけるのは、主に次の二つの原理です。一つは相対性の原理で、これは世界には基準となるような絶対的で特別な地点や時間は存在しないことを主張します。もう一つは光速度よりも速く空間を伝わるものはないという原理で、これが示すのは、距離を隔てた物の間に同時性は存在しないということです。この二つの原理を総合したとき、空間と時間を媒介する物理的相互作用には非直観的性質があることが明らかになります。すなわち、バシュラールの言い方を借りれば、実在と言及、対象性とパースペクティヴの間には絶え間ない"干渉"が起きているのです。認識は対象と独自に成立するわけではなく、逆も然りです。こうして、相対性理論の哲学的受容に関して、認識論と形而上学とがそれぞれに抱えているように思われた問題は、実際には本質的な繋がりを持っていることが明らかにされ、講義の幕は閉じられました。

講義風景
エリー・デューリング先生