Hosei Erasmus Mundus Program Euro Pholosophy

Hosei Erasmus Mundus Program, Euro Pholosophy - Over the two academic years 2008-9 and 2009-10 at Hosei University, classes for the first semester of "Euro Philosophy", an EU Erasmus Mundus Master Program, have taken the form of one-month intensive lecture series. This is the first instance in Japan of administering such a large-scale intensive lecture series within the Erasmus Mundus Master Program.

report

合田正人先生の授業 (2014)

明治大学の合田正人先生による授業が行われました。今回の講義のタイトルは、「Un pragmatiste japonais, Syunsuke Tsurumi et pénombre de l'Asie」であり、主に取り上げられた人物は、鶴見俊輔(1922-)でした。鶴見は哲学者として、アメリカからプラグマティズムの思想を日本に紹介したことで知られています。今回の講義で解説された鶴見の著書は、『竹内好-ある方法の伝記-』(1995)でした。竹内好(1910-1977)は、鶴見とほぼ同世代の批評家であり、中国文学における魯迅(1881-1936)の研究者でもあります。鶴見と竹内の経歴上の共通点として、興味深いのは、二人とも、第二次世界大戦直前から国外で生活しており、他国で戦争に巻き込まれる中で、ナショナリズムといった国際問題について、深く考えるようになったことです。まず鶴見は、1938年に渡米して、ハーヴァード大学で哲学を専攻していましたが、3年後に日米開戦となり、捕虜収容所で生活した後、帰国しました。それから海軍に出願して、敗戦までインドネシアに赴任することになります。他方の竹内は、盧溝橋事件が起きた1937年に北京に留学して、魯迅の弟である作家の周作人(1885-1967)らと親交を結びますが、1943年に陸軍に召集され、中国大陸で敗戦を迎えました。このように、竹内と似た歩みを持つ鶴見は、上記の著作において、竹内が戦争といった特定の状況の外に身を置くのではなく、善悪の見通しのきかないような状況の内部に留まって文章を書いた点を評価しています。こうした竹内の執筆スタイルに影響を与え、同じように他国において国家間の問題について思索を深めた先人として、特筆すべきは魯迅です。彼は日露戦争が始まる1904年に、日本の東北大学で医学を専攻していたことで知られます。その間、ロシア軍のスパイであった中国人が日本人によって処刑され、同じ中国人がそれを見物するという光景を目にしながらも、日本で出会った恩師との想い出を綴った『藤野先生』という作品を後に書いています。魯迅のこの体験を基に、後世、日中の和平を密かに望むかのように、太宰治(1909-1948)が、『惜別』(1945)という小説を残しているのも印象深いです。筆者にとって本講義は、哲学や文学が生み出される状況について、あるいは、その状況を構成する国家間の問題について示唆的であっただけでなく、さらに、ユーロフィロソフィーの「越境」という理念につながるものが秘められていることを感じました。

合田正人先生