Hosei Erasmus Mundus Program Euro Pholosophy

Hosei Erasmus Mundus Program, Euro Pholosophy - Over the two academic years 2008-9 and 2009-10 at Hosei University, classes for the first semester of "Euro Philosophy", an EU Erasmus Mundus Master Program, have taken the form of one-month intensive lecture series. This is the first instance in Japan of administering such a large-scale intensive lecture series within the Erasmus Mundus Master Program.

report

第5回: フローランス・ケマックス講演会 (2009)

前回の予告どおり、今回と次回は法政大学で行なわれた講演会の模様をお伝えします。まずは4月17日に法政大学国際文化学部の主催によって、法政大学ボアソナード・タワーで行なわれたフローランス・ケマックス先生の講演会についてです。

0501_photo.jpg講師のフローランス・ケマックス先生

『われわれの有限性をどうするのか。バディウによるサルトルとフーコーの読み直し』

講演会は『われわれの有限性をどうするのか。バディウによるサルトルとフーコーの読み直し』というテーマで行われました。「神の死を踏まえたサルトルのヒューマニズムとフーコーのアンチ・ヒューマニズムの間で大きく揺れ動いた後、われわれは現在、ただ優勝劣敗を説く動物的な人間観に屈してしまっているように見える。その中でバディウは、「プログラムとしての人間」という見方で、人間観の刷新を図ろうとしている」といったことがお話の主旨だったと思います。

講演の後には、講演内容をめぐっての質疑が行われました。質問には国際文化学部の鈴木正道先生と大中一彌先生が立たれました。

0502_photo.jpg質問する鈴木先生(左)、大中先生(中央)と、答えるケマックス先生(右)

その後には会場との間でも質疑応答が行われました。

0503_photo.jpg会場からの質問(左)と、答える講師陣(右)

神の死といった西洋的な考えは日本のように神というものをもたない国の人間にとって、どんな意味をもつのか?

この質疑で印象に残った出来事は、神の死といった西洋的な考えは日本のように神というものをもたない国の人間にとって、どんな意味をもつのかという質問が会場から出されたときのことです。とまどいながらもケマックス先生は、講演中で述べられた「プログラムとしての人間」という考え方を引いて、人間をあらかじめ決められたものとしてではなく自己を実現していくものと捉えるならば、地域の特殊性を越えて理解し合うことも可能となるのではないかと答えられました。このエラスムス・ムンドゥスにおける国際交流を象徴するやりとりだったと思います。

講演の後は懇親会

そして、講演会終了後には懇親会が開かれました。

0504_photo.jpg懇親会の様子

文責 松本力